救助隊の歴史と救助隊になるためには

救助隊誕生の歴史

日本の救助隊の歴史をご紹介します。

太平洋戦争前

日本で最初のレスキュー隊と呼ばれる部隊は、昭和8年に東京で生まれました。
しかし当時はまだ消防は警察組織の一部だったので、警視庁消防部「神田消防署」にレスキュー車と救助に使用する資機材そして人員が配置されたのが始まりです。

その後、太平洋戦争が勃発して救助よりも消火に全力を注がないといけなくなったため、レスキュー隊は消えていきました。

戦後の救助隊

横浜市消防局が昭和39年8月に、陸上自衛隊富士学校で研修を受けた隊員により消防特別救助隊(通称レンジャー隊)が創設され、昭和44年8月には陸上自衛隊習志野駐屯地の空挺部隊で研修を受けた東京消防庁の隊員により特別救助隊(通称レスキュー隊)が創設されました。

当時から救助隊の呼び名が違ってることが面白いですね。
現在でも高度救助隊のことを横浜市消防局はスーパーレンジャーで東京消防庁はハイパーレスキューと呼びますしね。

クマ
クマ
私がまだ新人だった頃、年配の方たちは救助隊のことをレンジャーって呼んでました。最近ではそういう呼び方をする人もいませんね。

消防の正式な見解は昭和39年に創設された横浜市消防局のレンジャー隊が日本最初の救助隊とされています。
戦前は警察組織の一部であったことなども、その理由かもしれませんね。

レスキュー隊ってどうやってなるの?

オレンジの活動服を着て交通事故現場や火災現場などで活躍する彼らは消防署に勤務する消防士です。
当たり前のことなのですが、救助隊になりたいならまず消防の採用試験を受けましょう。

消防に採用されて消防学校を卒業後、いきなり救助隊に任命されることはまずありません
ポンプ隊である程度現場を経験して、知識・技術・体力があると上司が認められた者が任命されるからです。

消防に採用されてレスキューの道を選びたいなら、知識・技術・体力を磨いて救助隊になりたいと、しっかり発言しましょう。
自分から発言しないと、上司には伝わりませんよ。

異動で救助隊になることも?

救助隊の選考方法は消防本部によって違います。
かなり厳しい選抜試験があるところや、異動の時にいきなり救助隊に任命されることも。

多くの消防本部では異動でオレンジを着ることになるのが多いはずです。
なぜなら人員の関係で救助隊を選考する余裕がないからで、他に経験を積んだ消防士が居ないから異動した日から救助隊員で頑張ってくれなんてことがあるのです。

選抜試験などで合格してもすぐに救助隊になれない消防士もいれば、異動でいきなり救助隊になる消防士もいるんです。

女性でも救助隊になれるの?

私の勤めていた消防本部でも女性の消防士はいました。しかしオレンジの活動服を着ている女性はいませんでした。

救助隊になるために選抜試験があったのですが、やはり救助隊というものは若い消防士にとっても憧れの存在であるため、選抜試験を受けるのも体力自慢の男性消防士がたくさんいます。
そうなると学科試験では同じか高い点を取れても体力試験ではどうしても負けてしますのが現実でした。

女性でも救助隊になれる道はあるのですが、男性に負けない体力をつけないと厳しいでしょう。

まとめ


救助隊になるためには選抜試験がないとしても知識・技術・体力が必要です。

異動で救助隊になれたとしても、周りから見たらオレンジの活動服を着ていれば救助隊

そのオレンジの活動服に恥じない活動をしなくてはならないのです。